8日 朝食後9時にホテルをチェックアウトして2時間弱掛けて九寨溝/黄龍空港に移動する。確か機材はエアーバスで比較的新しいもので飛行は快適そのもの、35分くらいで成都着、前回と同じガイドが出迎えてくれる。
今日は世界文化遺産で観光の目玉の「都江堰」に向かう。空港から2時間のドライブだが、成都の町の大きさ、建築ラッシュ、新しい外資及び現地資本の企業群の進出は物凄く、成都は大工業地帯に変貌しつつある。恐らく此処15年かそこいらで昔の成都と今の成都とは隔世の感がするのではないかと思われる。
道路の整備もどんどんと進み片道3車線のコンクリート舗装の道路が延々と真っ直ぐ伸びているのには驚きだ。聞くところによると四川大地震で大きな被害を道路も受けて、成都市には資金が足らないので北京政府は上海市に命令して道路を建設させたといわれる。中国政府のやり方には我々は理解し難いところもあるが、成都市をリッチな上海市から強引に金を出させ復興させるというやり方は脆弱な日本政府では強引さにおいて全然勝負にならない感じを強く持ち、この国の恐ろしさを肌で実感した。この意味で成都の人たちは上海に凄く恩義を感じているようだ。
さて、都江堰だが、私はこの存在を全然知らなかったが現物を見て、ガイドの説明、その後のネットでの記述から2千年以上前に軍事目的からこの堰がつくられたこと、そのために成都に充分な水が供給され、農地に必要な水が豊富に得られることから成都の豊かさが生まれたことを知り、当初は軍事目的とはいえ結果として今日の成都、四川省の繁栄に結び付いたものでした。
そして今は大工業地帯として大発展の道をまっしぐらに進んでいることです。
土地が豊かであったことから政治の世界でも著名なテンシャオピン(ケ小平)他数々の政治家を生み出していることをガイドの説明からも知りました。
都江堰の見所は魚の嘴と言われる長江を本流(外江)と傍流(内江)に分ける箇所だ。昔は石と繊維質で固めたもので嘴の先端をつくっていたが、現在のそれは勿論コンクリート製で耐久性があるが水が分かれた外江の方には水門があり、そこで双方に流れる水量をコントロールしていて都に流れる水量の過不足を調整している。このような大工事の発想が2000年以上前に出来ていたのは素晴らしい。
都江堰の魚の嘴に行くのには若い人たちは簡単に歩けるが、吊橋を渡ってからその場所には有料のカートに乗って見に行く。長江の流れは大きくて早い。上流にはダム、発電所があるが大観光地としての都江堰に影響を与えないような住民運動も長く続いているようだ。
観光も疲れたので、程々にして車に戻りホテルに向かう。夕食は市内の立派なレストランで久々に蛇を食べる。ガイドは蛇を食べたことが無かったようで大分躊躇していたが、食べてみたら結構美味しかったようだ。一寸小骨が沢山あった。
食後、足腰というか全身が疲労困憊しているので周鳴の従姉妹?に電話してどこか良いマッサージ屋さんに連れて行ってもらうように頼む。ホテルにトヨタカムリの綺麗な車でやってきた。4名で大きなマッサージ屋さんに連れて行ってもらい、2時間揉んでもらう。確か180元くらい。
従姉妹は34〜5歳くらいの理知的な人で聞いたら警察の医師だと言う。その後の話で私が英語ではmedical examiner検死官ですかとの問いに「對」dui との返事があり、参考までにアメリカの検死官を題材にした本を後刻贈ることを約束した。彼女は本当のエリートだ。夜遅くホテルに戻る。
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